霊的成長について その2(利他愛の実践)

 霊界では、他人に愛を与えること・他人に尽くすことに大きな喜びと楽しさが伴うため、自然と利他愛の実践に向かうようですが、私たち地上人にとっては、これはなかなかできることではありません。

 私は、シルバーバーチの霊訓シリーズを読み、読書会にも2年以上参加しており、意識して取り組んでいるつもりでしたが、今回子育てを経験することになって、改めてその難しさを実感します。子育ても、利他愛の実践となるからです。霊的視野に立って、子供の霊的成長となる躾をどうやってしていくのか、試行錯誤の毎日です。安易に手を出さず見守るほうがいいとき、一方で甘え直しのため必要なスキンシップもあります。


 3-4歳は、何でも自分でやりたがるお年頃。例えばご飯を炊くとき、米を見て匂いを嗅ぎ、分量を量ろうとすると自分がやるといいます。米の分量がうまくはかれないため、サポートしようとすると嫌がり、お米が飛び散り、一緒に拾って片付け、米とぎをし、また飛び散った水を拭き、炊飯器のボタンを押すところまでいつもの何倍も時間をかけて行います。
 一方で、トイレ、歯磨き、手洗い等の基本的な生活習慣をいや!と言い、やりたがらないため、(いやと言えるくらい心を許せているのはいいことですが・・・)お気に入りの人形を使って声色を変え、人形になりきって話し、なんとかやってもらうような努力をしています。


 基本は褒めて育てる、受容する、本人の行動を子供に分かる言葉で具体的に伝えるなど、やってはいるものの、人間ですからイラっとくることもあります。今まで学んできたスキルはあっても、家族という関わりでの実践は初めてなので、子育ての先輩らに助言をもらっているところです。また命の危険のある行動や反社会的行動に関しては、真剣な表情で諭すのですが、それが恐怖感を与えていないかと不安になることもあり、隙間時間を使って、霊訓を読み、祈りながらの日々です。そもそも地上は利他愛の実践の訓練場ということですから、今まさに訓練中という実感があります。


 少し前に読んだ本で、 『脳科学からみた「祈り」』 潮出版社 脳科学者 仲野信子著 の中で利他行動は、脳にとって快感(利他愛の実践で幸せになる)ということが書いてありました。他者からの評価がなくても、自分の内側前頭前野が自分を評価し、幸福感を得られるのだそう。また「人を育む」行為にも、「幸せ物質」オキシトンが分泌されるそうです。悩みながらも正しい方法で困難を乗り越えたとき、その意味が分かるのだと思います。

 この本は、スピリチュアリストにとっては、スピリチュアリズムの教えが脳科学的にも証明されるという意味で、面白いのですが、一般の方にとっても読みやすいのでお勧めです。

愛とは魂の内奥でうごめく霊性の一部で、創造主たる神とのつながりを悟った時におのずから湧き出てくる魂の欲求です。最高の愛には一かけらの利己性もありません。すなわち、その欲求を満たそうとする活動に何一つ自分のためにという要素がありません。それが最高の人間的な愛です。  (シルバーバーチの霊訓3-200)


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック