苦しみへの正しい対処

 以前のブログ「スピリチュアリズムから見た里親制度その2」でも書きましたが、苦しみ・困難は、霊的視野から見れば、本来「いいこと」です!

 苦しみはその多くが「悪いカルマ(摂理に反した悪い行為)の償い」として発生します。そのため、それを乗り越えることによりカルマの清算となり、霊的成長の糧となり、また地上に比べはるかに長く生活する霊界へ行けば、その何十倍もの喜びがもたらされます。「霊的視野」に立った心の持ち方を確立することができれば、いかなる困難に遭遇しても、平常心を保つことができます。
 この苦しみ・困難に対しての正しい対処方法について、今回は書いてみます。


 苦しみに遭遇したとき、今までの自分がどうやって対処してきたのかを振り返ると、スピリチュアリズムに出会う前の私は、避けてきたことも多かったと反省します。しかし、苦しみは多くがカルマの償いです。だとすれば、避けていてはカルマの清算ができないわけですから、同じように向き合うような境遇が繰り返し起こります。それは、「この問題を、乗り越える力があなたにはあります」という愛のメッセージだったのだと、今は理解しています。

 
 今現在の私の苦しみは、「いけないとは分かっているが、感情的になって、子供を叱ってしまうことがある」ということです。霊的真理を手にしていながら、十分に活用できていないのは、実に情けないことです。しかも、その点に関しては、霊的真理を知らない夫のほうが上手に対処できているのも、なんだか悲しい事実です。見習わなくてはと反省します。

 一つ、感情のコントロールで思い当たるのが、砂糖中毒です。砂糖は感情の起伏に作用するのですが、育児をはじめてから、子どもが昼寝の最中などにチョコレートをよく食べており、おそらく砂糖中毒になっているのだと思い、チョコレートをしばらく絶つことにしました。(チョコレートを毎日食べている時点で、落ちこぼれスピリチュアリストですが。)料理で砂糖は使っていないので、過去の経験からすると、1週間ぐらいで禁断症状から抜け、食べたいという欲求が収まってくると思いました。ところが、なんと1日で欲求はなくなりました。日々、霊的成長の感じられない自分との闘いですが、もしかしたら、欲望のコントロールは昔より上手くできるようになったのかもしれません。


 ある日、どうしようもなくイライラしたときに、子供の目の前で霊訓の祈りを大きな声で読み上げてみました。感情に流されまいと必死です。子供はきょとんとしていましたが、そのうち私の感情が落ち着いてきました。苦しみや困難に遭遇した時、ただ感情に流されるだけでは、霊的真理は宝の持ち腐れです。霊的真理は実践してこそ生きるものなので、これからも感情に流されそうなときには、霊的真理(霊訓を読む・祈る等)に触れ、守護霊と二人三脚で、常に自分の狭くなった視野を広げていきたいと思います。そして、喜んで苦しみ・困難に立ち向かっていきたいです。


 ちなみに最近の気分転換は、気候がよいので自然散策を子供とすることです。自然に触れることは、とても心地よく清々しい気持ちになります。またジムに行かない代わりに、思いっきり子供とじゃれつき遊び(体を使ったダイナミックな遊び)をしていい汗を流しています。おかげで脂肪が減って骨格筋量が増加していました!子どもも目を輝かせて遊んでおり、一石二鳥です。



時として酷しい環境に閉じ込められ、それが容易に克服できないことがあります。しかし、正しい信念さえ失わなければ、そのうちきっと全障害を乗り越えることができます。そんな時は神の象徴であるところの太陽に向かってこう述べるのです。-自分は神の一部なのだ。不滅なのだ。永遠の存在なのだ。無限の可能性を宿しているのだ。その自分が限りある物質界のことで挫けるものか、と。そう言えるようになれば、決して挫けることはありません。

(シルバーバーチの霊訓4-14)



 

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