困難・苦難の正しい乗り越え方

 地上人の私たちから見ると、困難や苦難の人生はよくないもの、避けるものというのが常識です。しかし、スピリチュアリズム(霊的視野)から見るとどうなのでしょうか。

 困難に遭遇したとき、スピリチュアリズムに出会う前の私は、避けていこうとしました。しかし、困難は多くが過去世、現世での悪いカルマ(摂理に反した悪い行為)の償いとして発生します。これを避けていてはカルマの清算ができないわけですから、同じように向き合うような境遇が繰り返し起こります。それは、「この問題を、乗り越える力があなたにはあります」という愛のメッセージだったのだと、今は理解しています。

 例えば、私は車の運転がとても苦手でした。あるとき、就職した仕事で運転業務があり、挫折して数日で仕事を辞めてしまったことがあります。逃げ出したのです。ところが、二度と運転のある仕事はしないと誓っていたにも関わらず、それから数年後、再び就職で運転業務のあるものを、選んでしまいました。次は、覚悟を決めて、レンタカーで運転の練習をはじめ、なんとか仕事で車の運転ができました。過去に逃げ出しても、再び課題がやってきたのです。そして、今度は挑戦して、苦手さは変わりませんが、仕事で運転できるレベルまでになり、克服しました。

 私たちスピリチュアリストは、困難・苦難と言われる出来事に遭遇したとき、「霊的視野」からこの出来事を眺めるように一日に何度も意識します。この「霊的視野」とは、

①困難・苦難はどんな人間にも必要なものであり、霊的にみれば良いことです。私たちが地上に生まれた目的は、カルマの清算と、霊的成長です。困難・苦難はこの目的を達成する一番大きなカギとなります。そして私たち地上人は、皆この困難・苦難を通して成長するチャンスが与えられています。一生の中で、その人それぞれに見合った苦難が起こります。悩みのない人生など誰にもありません。

②地上の困難・苦難がどんなに長く感じても、霊界での生活の長さに比べれば、ほんの一瞬の出来事なのです。そして、この地上での困難・苦難を正しく乗り越えることによって、霊界ではその何十倍もの喜びがもたらされるのです。

③守護霊が常に共にいて、道しるべを示してくださっていることを意識します。日々祈り、霊訓を読んで心を整える時間をわずかでもよいので作ることが、とても大切です。そうすることによって、自分一人で困難に立ち向かっているのではなく、心強いバックアップを感じ、愛のパワーを頂けるので、勇気や気力が湧き出てきます。
そうやって二人三脚で進む道ははじめどんなに険しくとも、必ずや最善の道が開けます。

④この世で価値あると思われている大部分は、何の価値もないことを改めて意識します。地上的価値観とは、人の目や評価、地位や名誉、物質的な富や幸せと言われるものです。これらはやがておとずれる死(霊界へ行くこと)とともに、全て消えます。霊界へ持っていけるものは、魂の清さ(どれだけ、地上にいる間にカルマの清算ができ、霊的成長ができたかによります)だけです。


 我が家では、夫が入院し母子家庭状態になりました。そして上記の「霊的視野」を意識し過ごしていたところ、ある気づきがありました。私自身も多くのサポートを感じ、安心してこの時期を乗り越えることができましたが、子供が以前に比べ情緒が安定し成長していることが、はっきり分かりました。

 前回夫が入院した時は、赤ちゃん返りの程度も酷かったのですが、今回は甘えてきたときその都度ハグをしてあげ愛情を満たしてあげると、それだけで落ち着くようになりました。学校では普通に生活でき、前回と違って、過食もなく特に不安定な様子もなく過ごしたようです。そればかりか、今回はお父さんのことを思いやる言葉も出てきました。

 彼女は乳児期に施設暮らしでどんなに寂しい思いをしてきたかと思いますが、再び寂しい状況を経験することになっても、彼女は寂しい時・辛いときは祈ることを覚え、母子で励ましあい支えあい、前回の経験から父は戻ってくることを信じることができ、彼女なりにこの困難な状況を乗り越え成長していました。


とはいっても、人よりマイペースに成長中ですので、まだまだな部分もあります。朝は何かと手がかかります。 登校時間に間に合うように出発してもよく遅刻していたようで、とうとう見かねた近所のお友達が迎えに来て、一緒に登校してくれるようになりました。ある時は、お金を持っていないのに店のお菓子をむしゃむしゃ食べ散らかし、万引きで捕まり、家族で謝罪に行ったことも。

 こんなやんちゃな子供ですが、夫の体調が悪くなった時期から急に寄り道が減り、家に帰って来るのが早くなりました。下校から1時間かけて帰っていたのが、今では15分で戻ってくるように。おかげで、たまのパート仕事の時、子どもの帰りに間に合わなくなり、鍵を持たせることにしました。でも結局お留守番できず、外で私の帰りを待っています。いままでは、寄り道のおかげで待たせずに済んでいたのですが。しかし、寄り道が減ったのも、子供の成長です。

この子を養育しようと率先して引き受けたのは私です。でも、もしかしたら夫には荷が重すぎたのではないだろうかと思うことがあります。私は施設育ちの子や被虐待児などの一部に障害を持つ子がいるのはわかっていて、その可能性まで覚悟し引き受けたのですが、夫は子どもに障害があるということが受け入れがたい気持ちもあるようです。夫も我が子のように大切に思って彼女を育てています。だから、実親がある日子供の障害を突き付けられ、受け入れるまでの葛藤を体験するのと全く同じ気持ちなのではないかと思います。

今回の入院が、子供とのこともストレスの一つになっていたのではないかと思うと、少し胸が痛みますが、この出来事も、夫のカルマの清算、霊的成長の糧になるはずです。だから今回の困難な出来事も、私たち家族にとって、良いことです。守護霊、家族とともに、この状況をプラス思考で乗り越えてゆきたいと思います。


 一つ一つの経験から教訓を学ぶことです。難しいと思った時はひるまず自分にムチ打つのです。それだけ前より強い人間となります。自分が霊であること、それが肉体を通して表現しているのだということ、そして自分という永遠の霊に傷を負わせたり、害を及ぼしたりするものは、決して生じないということを忘れないことです。  
(地上人類への最高の福音 107)
-シルバーバーチの霊訓-

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