霊的視野から我が家の子どもを見ると・・・

  我が家にやってきた子どもを、物質的視野と、霊的視野とそれぞれからから観てみました。


物質的視視野

 困った面は、気が散りやすく、朝はハイテンションで、自分の意に沿わないことがあると暴れ、マイペースで急に思い出して歌ったり踊ったり・・・親戚からは野生のエルザと呼ばれています。
良い面は意欲が高く、好きなことには集中でき観察力があるので、例えば父の筋トレを物まねして笑わせたりと、明るくひょうきんです。

 学校では特別支援学級に所属しています。地上では、このような特性を持ったこどもを「障害児」と呼び、関わりには配慮が必要で、育てにくさから、虐待を受けやすい傾向にあります。彼女は現在、養育里親に育てられているという事実が、すでに人生の荒波を経験している証拠です。
 地上的視野からは、「育てにくい子ども」「野生児」「親に見捨てられた経験を持つ子」のように見え、人によってこのような彼女の育ちや特性は、他の一般的な家庭の子どもに比べ、「可愛そう」に映るかもしれません。

 霊的視野
 神の前には彼女も皆と同じく平等に扱われます。彼女は神の子として、霊的存在としては、他の一般家庭の子どもたちと、何ら違いはありません。
 そして守護霊によって導かれ、苦しみながら永遠の霊的進化の道を歩んでいます。
これから彼女が遭遇する様々な出来事は、霊的人生の中では、ほんの一瞬にすぎず、その一瞬を正しく乗り越えることで、カルマを清算し、霊的成長ができます。
 彼女の養育里親はスピリチュアリストですので、「人生の中で経験する苦しみは、ありがたいものとして甘受する」ように教えていき、いずれは広い心を養っていくでしょう。

 

 「霊的視野」 が、苦しみに正しく対処するための最強の霊的武器ということを、時間はかかっても理解することができていくからです。

 このように霊的視野からものごとを捉え、考えると、周囲の人々に対して「霊的成長をして幸福になってほしい」との思いが湧いてきます。そして利己的に人へ接するのではなく、、相手の霊的成長を願い、自分の持っているものを与えようとする利他的な思いになります。

 そう学んではいますが、私の実践はまだまだ・・・子どもが将来、霊的視野を身に着けて自立できるように、今は私がしっかり身に着けられるよう、努力をしているところです。

 去年は親族が次々と霊界へ旅立ったり、怪我などの事故が次々起こりました。こんなとき、地上的視野では、やれ「お祓い」だとか、「大殺界?」だとか、占いなどに頼ろうとしますが、さすがにスピリチュアリストとして、そこは卒業しています。「お祓い」や「占い」など実は関係なく、カルマの清算が、親族ぐるみで始まったのだと思いました。こういうときほど、苦しみの甘受をし、正しくこの状況を乗り越えていくことができるよう、親族に伝えていきたいと思います。まずは、入院中の親族に、スピリチュアリズムの本を貸したいな・・・と考えています。去年末、「親と子の心霊教室」という本を頂いたのですが、早速使う機会が訪れました。



 霊的視野によって心が広くなり、不動心と霊的楽天性が身につくと言われます。まだまだ道は険しく道中ではありますが、今まで自分が学び歩んできた道を、少しづつ、外へ発信していく年にできればと思います。
 


「いかなる問題においても、私たちは決して地上的観点から物ごとを見ないということ、地上的尺度で判断しないということ、人間的な憎しみや激情には絶対に巻き込まれないということ、往々にして人間の判断力を曇らせている近視眼的無分別に振り回されることはないということを忘れないでください。」
(シルバーバーチの霊訓(7):潮文社 59)



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 5

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック