養育里親となり3年目、悪戦苦闘は続きます

  霊的真理に出会い、それに沿った生き方の努力をし始めてもう5年ほど経過します。しかし、情けないことに成長しているとはとても言い難い毎日です。

 まだこの霊的真理に出会う前から、児童福祉施設に勤務し、主に虐待児や障がい児たちと関わっていたころ、なぜか私が担当する子どもたちは、小柄ながらもエネルギーに満ち溢れ、活発な多動系の子が多く、何かご縁があるのだろうなぁ・・・と思っていました。実際、思い返してみれば私が小さいころ、そんな子どもだったのです。小柄ながらも活発で、不注意でよく動き、衝動性もあり我が強く、つくづく育てにくかっただろうなぁと、母にいまさらながら感謝します。

 さて、その施設勤務の時、虐待を受けて育った子どもに多動傾向は多く関連しているとは感じていました。そして、現在我が家ですくすくと育っている子どもも、私が今までご縁のあった施設の子どもたちとよく似ているのです。

 里子として受け入れてから半年間、(本当に自分のことを受け入れられるのかと、子供が養育候補者に対して本能的に取る行動を、試し行動と呼んでいます。)壮絶な試し行動で私も体調不良になりながら過ごしましたが、本人も大変だったと思います。以前過食について書きましたが、それ以外にも色々とありました。
家庭養護促進協会の「親子になる」という冊子を参考に振り返ってみます。ドラマ「はじめまして愛してます」でも試し行動がありましたが、なかなかリアルで思い出して何度も笑いました。

①過食(偏食)・・以前のブログに書きましたので、詳細は省きます
我が家で彼女は食事に1時間半ぐらいかけ、4歳児なのに手づかみで食べ、でろでろに周囲を汚します。

②里母のそばから離れない
必ず70センチ以内にいます。トイレなどちょっとでも離れようものなら、ギャーと大泣き、うんちやおしっこをその場でジャーとしていました。一人になれないのが、これほど辛いものかと・・・。

③噛む、たたく、ごねる
我が家では、噛むより叩く蹴る、唾を吐くが酷かったです。とにかく、何かお世話をしようとするたび「おばちゃん嫌い、おじちゃんがいい」と手を払われたり、暴れたり。気に入らないことがあれば、すぐ叩かれます。夜中に毎日蹴られ続け、寝不足で目まいと体調不良が続きました・・・。

④親がいやがることをします
我が家の場合は、いたる所におしっこの池を作っていました。してほしくない場所を選んでわざわざします。カーペットは諦めて何回か捨てました。買い物先では触って欲しくない商品を次々持ち出す、食事先では、醤油、つまようじなどおいてあるものすべてをぶちまけ、はだしで店内をウロウロする、など。まさに小さな暴君です。

⑤赤ちゃん返りをする
里母が自分の要求を聞いてくれそうだと判断すると、急激にあかちゃんになっていきます。うちでは、「おっぱいがのみたい」と言って、私の出ないお乳を何度も飲みました。抱っこやおんぶを、歩けそうな距離でもすぐ求められ、重たい赤ちゃんを何度も抱っこしました。そして、「バブー今1歳」と言うのです。乳児院にいた年齢からのやり直しなんだなぁ・・・としみじみ思いました。

⑥親子(信頼)関係が成立するまでは叱っても効果なし
児童相談所の方からも、試し行動の間は叱らないで欲しいと言われました。この時期に十分に甘えさせ、里母が子どもにとって「自分を丸ごと引き受けてくれる大好きな人」になることで、やっと基本的な信頼関係ができるというのです。そうなれば叱っても、子どもがそれを受け入れることができるのです。

 そんなこんなで嵐のような半年が過ぎ、1年も過ぎました。彼女が怒ったとき見せる鋭かった目つきは、穏やかな茶目っ気のある雰囲気に変わりました。しかし、普通なら情緒も落ち着き穏やかになるはず??なのに、相変わらずよくキレてます。言葉も遅いままなので、療育に行きました。リハビリにも通い始めました。でも、やっぱり落ち着かないのです!!学校からトラブルの電話もよくあり、謝りっぱなしです。余裕がないと、夫も私も彼女に振り回され、感情的になりヘトヘトです。

虐待の影響なのか、施設育ちで愛着障害が関係しているのか、やはり気質的にADHD(注意欠陥多動性障害)なのか、主治医でも結局よく分からないとのこと。しかし表面化しているADHDの症状に適切な対応をしていくことで様子を見ていこうということになりました。

気が散るものを極力排除し環境整備。朝はプチおやつを餌にし、一緒にランニングして発散。とにかく褒める。勉強は集中が続かないのを前提に、細切れで休憩やご褒美をいれるなど、試行錯誤しながらの毎日です。


彼女は私をおばちゃんと呼んでいた頃のことをだんだん忘れつつありました。
 しかし、過去の出来事を忘れるというか、無意識に留めるのは、思春期になってよくない影響が出そうだと判断し、うちへ来てから3年経ったある日、本人のいた乳児院へ少しだけ顔を出し、挨拶をしに行きました。私の後ろに隠れていましたが、後で先生の顔覚えているかと聞くと、うんとうなづきました。

 それからです。また、夜中に蹴飛ばされ始めました・・・。小学校でのトラブルが落ち着いたかと思ったら、今度はとびひが1か月半経っても治らず、ドクターからは自傷の気があるので、治りも悪そうだと言われました。また、赤ちゃん返りも夜や休みの日に激しくなりました。再び家での対応が大変になり、乳児院へ連れて行ったことを少々後悔しましたが・・・。

 そんなある日、朝食を家族で食べていると、ポツンと彼女が言いました
「赤ちゃんハウス(乳児院)にいるとき、○ちゃん(自分のこと)さみしかった。」
そうです、ようやく言葉にできたのです!
「そうか、○ちゃん、赤ちゃんハウスにいるとき、さみしかったんだね。お母さんもお父さんも、○ちゃんがくるまでさみしかったよ。うちに来てくれてとっても嬉しいよ。」
「お父さんとお母さんが、○ちゃんを欲しいっていったから、来たんだよね?」
「そうだよ。」

こんなやり取りでした。これで、少しづつ彼女は赤ちゃんハウス(乳児院のこと)でのことは過去になっていくな・・・と思いました。またその後の様々な出来事も、いつか口に出して過去のこととして、話せるようになってくれると、いいな・・・と思います。そうやって、小さな体で沢山背負ったつらい体験も、きっと乗り越えられると信じ、陰ながら見守り祈っていこうと思います。
 
すべてのことが霊性進化の肥やしになります。そのうち皆さんも、肉体の束縛から解放されて曇りのない目で地上人生を振り返るときがまいります。その時、紆余曲折した出来事の中で、それらの一つ一つがちゃんとした意味を持ち、すべての体験が皆さんの魂を目覚めさせ、その可能性を引き出すことになっていたことを理解するようになるはずです。(シルバーバーチの教え 新版・上 110)

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この記事へのコメント

★ナミさん
2016年09月08日 01:27
こんばんは!(o^-^o)

以前、コメントした者です。かなり、子育て大変そうですね!(>_<)

しかし、私もたくさん共感できる所がありました。私の場合は、今は息子二人も大人になってるんですけどね!

22歳で二児の母となり、本当に色々なことがありました。

その当時は、スピリチュアリズムやシルバーバーチなどは、夢にも思わなかったけど、今こうして出会えたということは、全てが成長の材料になっていたんだなあと。

現に子育て中の私の得た教訓は「子育ては自分育て」でした。(^o^)

その後、艱難辛苦、波瀾万丈な人生を過ごすうちに、どんどん霊的になってきました。

一番、最悪だった時は、精神を病みすぎて、今から考えると、完全に鬱状態だったと思います。わりと長い期間、全く笑顔が消えてしまい、何を見ても笑うことが出来なくなっていました。

正直、スピリチュアリズムに出会うまでの人生が、あまりに過酷すぎたので、やっとゴールにたどり着いたとホッとしましたが、実はやっとスタート地点に立ったばかりなのでした。

かなりくたびれていたけど、だいぶん霊的エネルギーを充電していただき、やっとこれから、本当の自分の人生が始まりそうです。

とは言っても、三歩進んで二歩下がるような感じで、なかなか一足跳びとはいかないですが…。

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